「インドの言語」と言えば何語をイメージしますでしょうか。「インドは広くて人口も多いから、1つの国の中に様々な言葉がって複雑」というイメージは何となくあるかも知れませんが、実際の状況をご紹介したいと思います。
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州によって異なるインドの言語
インドでは憲法で「インドにおける連邦政府レベルでの唯一の公用語はデーヴァナーガリー表記のヒンディー語である」と規定されています。デーヴァナーガリーというのは、横棒が入った文字です。こちらの写真の、真ん中の行の文字です↓
しかし、インドは物凄く広くて人口の多い国です。インドには29の州と7つの連邦直轄領がありますが、最も面積の大きいラジャスタン州の場合には34.2万㎢と、1つの州だけで日本の面積とほぼ変わりません。従って、「州が1つの国」と言っても過言ではないほど、州毎に言葉が異なります。
例えば、私の住んでいるチェンナイでは連邦公用語のヒンディー語を理解できる人は殆どいません。チェンナイのあるタミルナドゥ州ではタミル文字を用いたタミル語という言語が使われています。タミル文字というのは上の写真で一番上の行に書かれている文字です。何を書いてあるのかサッパリ分からなくても、ヒンディー文字とは全然異なる文字であることが一目瞭然ではないでしょうか。
Wikipediaによると、インドの人口13億人に対してヒンドゥー語の話者数は僅か5億人程度しかいないそうです。インドには公用語とは別に22の指定言語があり、連邦政府の指定言語とは別に州毎の公用語もあります。それ以外の言語も含めると、インドには何百という言語が存在しています。そして、何十、何百とある言語はお互いに異なり、文字も文法も全く違う言語で同じインド人同士でも母語が異なると会話ができません。
インドのお札の裏には様々な言語の文字が書かれています(何が書かれているのか1つも分かりません)。銀行のATMや地下鉄の切符売り場などでも、見たことのない言語が大量に並んでおり衝撃を受けます。
私の住んでいるタミルナドゥ州ではタミル語が州の公用語です。空港などでは、英語のほか現地の言語と、建前上の全国共通語であるヒンディー語が必ず表示されています。例えばチェンナイ空港の場合には、タミル語、ヒンディー語、英語が表示されています。
空港や鉄道など、州を越えて移動する人が集まる場所では全国的にヒンディー語が書かれていますが、街中では地元の文字と英語しか見かけません。
チェンナイの場合、街中ではタミル文字しか見かけず、ヒンディー語の文字を目にすることは殆どありません。
インドの共通語
インド人の共通語は、北インドと南インドで状況が異なります。
北インドの状況
インドは州毎に言語が違うとはいえ、北インドではハリヤーナー州、ジャールカンド州、マディヤ・プラデーシュ州など多くの州でヒンディー語が公用語とされています。
そして、オリッサ州(オリヤー語を公用語としています)のようにヒンディー語を公用語としていない州においても、北インドの州では英語よりヒンディー語の方が通じる印象です。
北インドへ行った時には、街中のオートリキシャの人などに英語で話しかけても通じず、アルファベットで地名を見せても分からず、ヒンディー表記をGoogleで検索して見せたらやっと通じた・・・ということが何度かありました。
タクシードライバーなどでも英語が通じないことがあります。インドではUBERやOLAといった配車アプリでタクシーを呼ぶのですが、アプリでタクシーを手配するとドライバーから電話がかかってくることがあります。
ドライバーが確認したいことは以下の3点に決まっています。
- アプリに表示されている乗車場所(Pick up location)は正しいか
- 降車場所(Drop Location)はどこか(どうやらアプリでは降車場所が表示されていないようです)
- 支払方法は現金かカードか
※言葉の話とは全く関係ありませんが、「カード払いだ」と言うとキャンセルするドライバーがいます。
そこで私は、ドライバーから電話がかかってきたら相手の話は聞かず一方的に
と言って電話を切り、30分ほど待つと車が到着します。このレベルの英語が通じなかったことは一度もありません。ところが私が北インドのバラナシでOLAを呼んだ時には上記の英語が全く通じず、ヒンディー語でワーワー言われ、結局その場にいたインド人に電話に出てもらって助けてもらいました。
チェンナイではこのような経験はなかったため、戸惑いました。
北インドからチェンナイへ引っ越してきた日本人の方によると、地名も英語読みではなくヒンディー読みをしないと理解してもらえない場合があるそうです。
それ以外にも、たとえば"Wait(待って)""Hurry up(急いで)""Turn Left at the second signal(2つ目の信号を左)"程度の英語であれば、チェンナイのドライバーはほぼ全員理解できます。
ところが、北インドだとそういった英語も理解できないドライバーがいるため、簡単なヒンディー単語は覚えておいた方が便利だそうです。
南インドでも本当にローカルのお店に行けばタミル語しか話せない人に会うことはありますが、通常は南インドで日本人が普通に生活していて英語を話せない人と接触することは考えられないことです。
このような事情から、北インドに住んでいる日本人でヒンディー語を勉強している人は決して少なくなく、外国人向けのヒンディー語教室も多数開設されています。私は南インドのチェンナイに住んでおり北インドの知人は少ないのですが、それでもヒンディー語を学んでいる人を3人知っています。
とはいえ、会計士や医師、ITエンジニアなどステータスの高い職業の人達は北インドでも必ず英語ができますし、外部セミナーやインド人同士のメール等、ビジネスの主要な場面では英語が使われています。
まるで北インドではヒンディーができなければ生きていけないかのような書き方をしてしまいましたが、そんなことはありません。日本人が仕事や生活をする分には英語で十分です。
あくまで「南インドと比較したときに、北インドではインド人同士の共通語が英語よりもヒンディーとなる場合が多い」ということであって、現地語ができなければ生活に支障をきたす中国などとは違います。
南インドの状況
南インドの場合には北インドとは大きく状況が異なります。
南インドは州毎に本当に全く言語が異なり、お互いに通じません。従って、インド人同士でも隣の州の人と会話をする場合には英語を使います。
どうせなら、ヒンディー語を身につけるよりも世界共通語である英語を身につけた方が良いという意識があります。
北インドではヒンディー語しか話せないモノリンガルの人も多いですが、南インドではタクシードライバーやスーパー、レストランの店員でもほぼ(単語を羅列するだけのブロークンなものだとはいえ)英語を話せますし、何か国語も話せる人も少なくありません。
このような状況のため、北インド在住の日本人でヒンディー語を学ぶ人が多いのとは対照的に、南インドで英語以外のローカル言語を学ぶ日本人というのはほぼ聞いたことがありません。私は南インドのチェンナイに住んでおり、チェンナイの知人は大勢いますが現地のタミル語を学んでいるという人は1人も知りません。
※もちろん、現地の文化を深く理解して現地の方と打ち解けるにはローカルの言語を学ぶに越したことはなく、長期滞在していながら現地の言語を全く学ばないというのは大変失礼なことではあるのですが、南インドのローカル言語は教室も少なく教科書も見当たらないので正直なところ学ぶのはかなり大変です。
北インドでヒンディー語を勉強していた人でも、南インドのチェンナイへ引っ越して来たら英語以外は使わない(ローカルの言語を勉強する気にならない)と言います。
英語の習得という観点から言えば、南インドはおススメです。
インドにおける英語の位置づけ
北インドではヒンディー語が広く通じると書きましたが、やはりインドでのビジネス言語は圧倒的に英語です。英語さえ出来ればそのまま海外でも通用しますので、インド人の英語に対するモチベーションは極めて高いです。
大学教育は全て英語で行われ、本屋へ行っても英語の本ばかりが並んでいますので、逆に言うとインドで英語ができない人は極めて厳しい境遇に置かれます。
英語ができない人は基本的に収入の高い仕事に就くことができません。そして、州を超えると言語が変わるため、インド人同士でも出身の異なる人達とは会話をすることができません。
日本の感覚では「国民同士で言語が異なって、よく国が成り立つな・・・」と思いますが、インドへ来ると、それでも十分に国が成り立つことを実感できます。
インドの1人あたりGDPはまだ20万円程度で、多くの人は自分の生まれ育った環境から出るのも困難な状況なので、他の州の人達と話す機会もありません。
英語のできる層とできない層での階層は固定化され、英語ができないと政治参加も難しいようです。
工場経営で、賃料の安いワーカーを近隣から集めてくる場合も、英語のできないブルーカラー労働者が日本人と直接会話をするのは難しいです。
英語と現地語のできるインド人マネージャーに間に入ってもらい、間接的に指示を出すというのが現実的です。
このような状況なので、インドで生活すると自然と英語力が向上します。インドで英語力が向上する理由については下記記事をご参照ください。
ヒンディー語を断固拒否するタミルナドゥ州
南インドでは「ヒンディー語よりも英語」という傾向が強いと書きましたが、特にその意識が強いのが、私の住んでいるタミルナドゥ州です。
タミルナドゥ州の人々は、州の公用語であるタミル語に対してとても誇りを持っています。
国の公用語であるヒンディー語は、紀元前1500年頃に中央アジアから侵入したアーリア人の言語を基にした言語(インド・ヨーロッパ語族)とされていますが、タミル語はそれ以前からインドに在住しているドラヴィダ族の言語とされています。
ドラヴィダ系の言語は幾つかありますが(マラヤーラム語、カンナダ語、テルグ語など)、その中でタミル語が最も古代のドラヴィダ語族の原型を留めているそうです。
紀元前1500年というのは日本人にとっては気が遠くなるような遠い昔の話ですが、タミルの人々は「我々の言語こそが本来のインドの言葉であって、後から入ってきたヒンディーなど受け入れられない」という意識があるようです。
そのような経緯から、南インドの中でもタミルナドゥ州の反ヒンディー意識は際立っています。
現在は南インドでも殆どの州で学校教育でヒンディー語が教えられ、隣のケララ州やアーンドラプラデシュ州では、若い人を中心にある程度ヒンディー語が通じるそうです。
しかしタミルナドゥ州だけは学校教育でヒンディー語を教えられず、ヒンディー語については殆ど話せない人が多いです。
ヒンディー語のできる日本人や北インド出身のインド人に聞いたところ、チェンナイ(タミルナドゥ州の州都)の街中でヒンディー語を話しても、通じるお店などは時々あるものの基本的には歓迎されないそうです。
会話は得意だが読み書きが苦手なインド人
日本人は読み書き中心の英語を中高6年間学ぶため、英語の読み書きについては誰でもある程度できるかと思います。そして、日本語の読み書きに不自由な日本人はほぼ皆無だと思います。
一方、インド人は会話よりも読み書きが苦手です。
「最も優秀な国際会議の議長は、インド人を黙らせて日本人を喋らせる人である」というジョークがあるくらい、インド人はとにかく延々と喋ります。
このような環境のためインド人には何言語も話す人が少なくないのですが、3~4言語を流暢に操る人でさえ全く読み書きができないということがあります。
もちろん、日本人が仕事で関わるようなホワイトカラーのインド人はみな優秀なため英語の読み書きに全く不自由はありませんが、それでもメールより電話を好む傾向が強いです。
電話だけのやり取りだと「言った・言わない」のトラブルになるため、後からメールを送るように要求することが重要です。中々送ってくれないケースが多いですが、しつこく要求する必要があります。