皆さんは中国を尊敬することができますか?
中華料理や三国志は好きでも、「アメリカより中国を応援する」という日本人は少ないのではないでしょうか?
中国人からすると「中国と日本は同じアジアの国、同じ漢字を使う国なのに、どうして日本人は中国よりアメリカが好きなのか?」と不思議で仕方ないようです。
中国は2032年にはGDPでアメリカを追い越し、世界1位の経済大国になると言われています。
中国人の中には、将来的には中国が現在のアメリカの地位に取って代わり、世界中から尊敬を集めるようになると考えている人たちが少なくありません。
私は中国人から
とハッキリ言われたことがあります。
この中国人の考えに対し、私達日本人はどう感じるでしょうか?もちろん人によると思いますが
という意見が日本人の一般的な感覚ではないでしょうか?
しかし中国人この話をしても
- 基本的人権を尊重しなければ世界から尊敬されない
- 日本人は中国の一党独裁を不気味に感じる
ということが全く伝わらず、話が噛み合わないことがよくあります。
この記事ではなぜ中国人は日本人が中国を尊敬できない理由を理解できないのか?について考えてみたいと思います。
Contents
中国の政治体制と言論統制に対する中国人の感覚
まず、中国の政治体制と言論統制の現状、そして中国の現状に対する中国人の感覚についてご紹介します。
中国の一党独裁と厳しい言論統制
中国では三権分立や普通選挙といった政治体制は採用されておらず、国のトップは国民が知らない間に共産党が決めています。
国民が共産党に逆らわないよう、厳しい言論統制が敷かれています。
例えば中国では言論統制のため、以下のような海外のインターネットサービスが利用できません。
- Google(検索の他、GmailやYoutubeなど)
- Yahooの検索
- LINE
ネット規制をする理由は、海外の反中国共産党的な情報が国内に拡散されたら困るからです。
日本人が使っているネットサービスはほぼ使えないため、極めて不便です。
この規制を回避するには、VPNを海外へ飛ばして接続するなどの方法が必要になります。
中国で使えるネットサービスは中国企業が提供している百度やWeChatなどのサービスですが、中国政府の規制に従っているため政府に都合の悪い情報は基本的に拡散されません。
友人同士のちょっとした会話も全て監視されています。
「彼の住んでいる住宅の隣接地でマンションの建設が進められています。その開発事業者についてウィーチャット上でちょっと文句を言ったら、すぐに、彼の自宅に公安が飛んできたんです。そして、彼に向って『余計なことを言うな』と凄んだそうです。ウィーチャット上の情報発信は公安から見張られているんです。その話を聞いて、思わず背筋が寒くなりました」
中国政府は数万人単位の人を動員し、人海戦術で個人の通話もチャットも基本的には全て監視しているようです。
一党独裁を誇りに思う中国人
中国は共産党が独裁的に政治をしており、国のトップが国民全員による選挙で選ばれているわけではありません。
多くの中国人と話をする前、私は
と考えていました。
中国は情報統制が厳しいので、アメリカや日本のトップが選挙で選ばれている事実を知らされていない、と考えていたのです。
しかし、中国人は日本やアメリカの選挙制度についてよく知っています。
例えばアメリカで大統領選があった2016年、トランプ当選後の12月に私は北京へ行きましたが、中国のテレビでもアメリカの大統領選挙の経過について普通に報道していました。
中国のネットでも、日本の衆議院選挙や海外の選挙制度について普通に議論がされています。
下記は、2017年秋の日本の衆議院解散について盛り上がっていた中国の掲示板です。
解散众议院是内阁的权力,依据是日本国宪法第七条“天皇根据内阁的建议与承认,为国民行使下列有关国事的行为:三、解散众议院”。不需要国会同意不同意。采用议会内阁制的国家,基本都是这样,比如英国、加拿大、澳大利亚等等。唯一的特例就是德国,仅在当议会通过对总理的不信任案后,不能选出新的总理的前提下,德国总理才有解散议会的权力。
このように、中国のネットでも、日本の衆議院選挙や海外の選挙制度について普通に議論がされています。
欧米や日本で選挙によってトップが選ばれていることを知っている中国人は、現在の中国の国家体制に対して不満を持たないのでしょうか?
この点について複数の中国人に聞いたところ、(もちろん様々な反応がありましたが)積極的に中国の政治体制を擁護する中国人が多いのが印象的でした。
代表的な意見としては以下のようなものがありました。
- 中国は日本と違って広く、様々な人や民族がいるので強力に統制しなければバラバラになってしまう(←「インドは民主制だけど?」と突っ込みたいですが)
- 民主政治は時間がかかって効率が悪い。政府がリーダーシップを発揮した方が速く経済発展をする
2019年の夏は香港の逃亡犯条例撤回デモが世界的大ニュースとなりましたが、海外在住の中国人留学生でさえ香港人がデモをしている理由を理解できず中国政府を支持していると言われています。
私は、情報統制されていない日本にいても、やはり中国の政治体制が欧米や日本よりも素晴らしいものだと考える中国人留学生に多数会ってきました。
そこでこの記事では、多くの中国人が一党独裁や言論統制を肯定する理由について考えてみます。
中国人が一党独裁や言論統制を肯定する3つの理由
その理由について、私は3つあると考えています。
文明の中心としてのプライドを取り戻したい
中国人の基本的な歴史認識として、「中国は何千年間もずっと世界の文明の中心だったのに、ここ200年弱ほど欧米に負けている」という意識があります。
多くの日本人にとっては、かなり違和感のある歴史認識ではないでしょうか?
日本は、古代より中国からは様々なことを学んできましたので、少なくとも「昔(江戸時代以前)の中国は日本よりは進んでいた」ということについては異論はないだろうと思います。
しかし、中国がヨーロッパより進んでいたかどうか?と聞かれるとどうでしょうか?
と考える日本人は多いのではないでしょうか?
日本人の中には、歴史上一貫して欧米が世界のトップを走っていたと思っている方が多いように感じるのですが、実際のところはどうたったのでしょうか?
下記リンクは、(どうやって測定したのか知りませんが)歴史上の各時代のGDPです。
世界各地区历史上的国内生产总值列表 (购买力平价) - 维基百科,自由的百科全书
英語版もありますが、中国語版の方がよくまとまっているので中国語版をリンクに貼りました。
この1820年を見ると、興味深いデータが書かれています。下記データは、1820年時点の世界経済に占める各国のGDP比率です。
1位 | 中国 | 32.9% |
2位 | 英領インド※1 | 16.0% |
3位 | フランス | 5.5% |
4位 | ロシア | 5.4% |
5位 | 極東※2 | 5.3% |
6位 | イギリス | 5.2% |
7位 | アフリカ | 4.5% |
11位 | 日本 | 3.0% |
※1:「英領インド」にはパキスタン・バングラディッシュを含み、ゴアとポンディシェリを除く
※2:「極東」には中国、インド、ロシア、日本は含まない
1820年といえば、既にイギリスは産業革命が完成していた時期ですが、中国はたった1国だけでイギリス、フランス、ロシア、インドの合計とほぼ同じ経済規模があったようです。
まだアメリカなんて見る影もありません。
それ以前の数字を見ると、一貫して中国かインドが1位を占めていたことが分かります。
つまり、古代よりずっと中国の方がヨーロッパより発展していたという中国人の認識は間違いではないのです。
ローマ帝国やイスラムのアッバース朝、オスマン帝国など、栄華を誇る帝国は中国以外にもありましたが、中国は有史以来、世界のあらゆる文明の中で常に中国が最も優れていたと考えているようです。
※ちなみに、江戸時代の1842年にアヘン戦争で清がイギリスに負けて日本人が(イギリスの強さに)衝撃を受けたというのは有名な話ですが、そこから当時の日本人が「イギリスよりも清が強い」と認識していたと分かります。日本も戦国時代の16世紀からヨーロッパとの交流はありましたが、日本人が「ヨーロッパが世界の最先端だ」という認識を持ったのは19世紀半ばからではないかと思います。
さて
以前の中国は「韜光養晦(とうこうようかい)」といって、外国にバレないようコソコソと実力をつけることをモットーにしていました。
しかし現在の国家主席である習近平は「中国夢」「中華民族の偉大なる復興」というスローガンを発表し、中国が世界文明の中心に返り咲くという目標を世界に向けて堂々と宣言するようになりました。
東京大学大学院法学政治学研究科の平野聡教授が、その著書の中で「中国夢」のコンセプトについて『中国共産党新聞網』の文章を引用して紹介しているので、再引用します。
世界文明史から見れば、中国夢は、華夏文明が世界文明の中心から転落し、西洋現代文明が世界を導くという潮流の中から興った。そして今や、西洋現代文明の光芒に暗い陰りがあらわれ、中華文明の世界的価値が再び大いに花開こうとしている現実を反映している。
平野聡「「反日」中国の文明史」P27
「華夏文明」とは要するに中国のことです。
要するに「中国が世界の中心から転落して西洋が世界の中心になってしまったが、そろそろ西洋もダメになってきたので、また中国が世界の中心に返り咲くぞ」という考え方が「中国夢」です。
アメリカンドリームは「アメリカでは誰でも成功するチャンスがある」という個人の成功の話ですが、中国夢は「中国が世界の中で成功するぞ」という話なので、アメリカンドリームとは全く異なる概念です。
一昔前、日本は中国のことをBRICSの一員として「新興国」と呼んでいましたが、中国人にとってはかなり違和感のある呼び方のようで、ある中国人留学生から
と真顔で言われたことがあります。
中国は歴史的に世界一であるというプライドがとても強いので、欧米や日本の侵略を受けたアヘン戦争以来の100年間を屈辱の時代と認識しています。
中国(漢民族)は歴史上何度も北方の異民族に侵略されたものの、侵略をした異民族の方が中国文明の素晴らしさに目覚め、文化的には異民族が中国化してきたと、考えています。
つまり、軍事的に漢民族よりも優れた異民族がいたことはあったものの、それでも常に文明の中心は中国だったという理解です。
ところが19世紀以降の欧米・日本の侵略は従来の異民族による侵略とは異なり、世界の文明の中心が中国ではなく欧米となっていることを思い知らされることになりました。
「中国が世界文明の中心へ返り咲きたい(英語に代わって中国語が国際共通語の地位を獲得して欲しい)」という中国人の気持ちをよく表現した歌があります。
www.youtube.comこの歌は台湾の歌手グループによる歌ですが、サビの部分で
“全世界都在学中国话” 世界中がみんな中国語を勉強している
“孔夫子的话越来越国际化” 孔子の言葉がどんどん世界へ広まっていく
“全世界都在讲中国话” 世界中がみんな中国語を話している
“我们说的话让世界都认真听话” 私達の話を世界のみんなが真面目に聞いている
と歌っています。この動画のコメント欄を見ると中国文化の偉大さを誇りに思うコメントが多数見受けられ、この歌が中国人の願望をよく表しているのではないかと思います。
このように、世界一の座に返り咲くことを最大の目標としているため、経済成長が何よりも優先され、経済成長のための独裁や言論統制が支持される土壌があります。
経済成長には民主制よりも独裁制
1980年代末から1990年代初頭にかけてソ連や東欧諸国が次々と民主化し、その過程で共産党政権が崩壊しました。
世界全体で共産主義陣営の敗北が濃厚となる中で中国でも民主化を求める声が広がり、中国共産党は危機感を覚えました。
1980年代の中国は現在に比べてある程度は言論の自由が許容され、反政府デモなどもありましたが、これを中国共産党が弾圧したのが1989年6月4日の天安門事件でした。
天安門事件以降、中国政府は言論統制を強化しますが、その結果どうなったでしょうか?
民主化した東欧やロシアは経済が停滞しているのに対し、反政府デモを鎮圧した中国は世界第2位の経済大国へ成長しました。
これを受けて中国人は
と考えるようになります。
確かに、台湾や韓国など多くの国・地域では「開発独裁」と呼ばれる独裁政権の下で経済成長が進みました。日本も、明治時代の富国強兵は開発独裁と言って良いかも知れません。
中国人の考える通り「貧しい国が経済成長をするには独裁制の方が効率が良い」というのは一理あります。
私はインドに住んでいますが、インドにいると民主主義の効率の悪さにウンザリすることがあります。
インドは中国とは真逆で、イギリスからの独立後、極貧状態から一貫して民主制を貫いていますが、過度に民主的なことによる問題が目立ちます。
例えば、効率的な土地収用ができないため道はグチャグチャのまま、新幹線のような高速鉄道の整備も遅々として進みません。
中国であれば、共産党が住民に「どけ!」と命令して簡単に道を広げることができますが、インドではそうは行きません。
インドでは、国の発展よりも選挙対策のことばかり考える政治家も少なくありませんので、都市の人口が増えてきて道などのインフラ整備しようにも、とても時間がかかってしまうのです。
独裁制であれば道路や水道・電気などの整備を効率的に行うことができるので、経済発展の初期段階で独裁制を採用することは一般的です。
このように初期段階で開発独裁体制を採用したとしても、多くの国ではある程度経済発展を達成すると国民が民主化を要求するようになります。
実際に台湾や韓国は1980年代に民主化していきましたので、欧米諸国は「中国も経済発展を達成したら自然と民主化していくだろう」と楽観的に考えていました。
ところが中国は、いつまで経っても民主化の気配がありませんし、国民も(海外経験のある中国人も含め)もはや民主化を強く要求していません。
中国の場合、「世界文明の中心へ返り咲きたい」という気持ちが強いため、民主化よりも経済成長や国際的地位の向上を強迫的に追い求めてしまうのではないか、と私は考えています。
【2021年1月追記】
世界でコロナウィルスの感染が広まっていますが、中国は抑え込みに成功しています(いくら数字を隠蔽している可能性があると言っても、さすがに中国全土で欧米やブラジルのようにバタバタと人が倒れていったら隠蔽できません)。
今回の感染症を通じて、多くの中国人は「トップダウンでウィルスの抑え込みに成功した中国共産党は素晴らしい。人命よりも個人情報の保護を尊重している欧米や日本の考え方は理解不能だ」と感じているようです。
基本的人権よりも国家の統一が大切
中国人は、言論の自由や表現の自由によって秩序が保たれるという感覚がありません。
むしろ、国家が統制を緩めて民衆に自由を認めると殺し合いが始まるというほどの感覚があります。
その理由を説明します。
政府が弱いと地獄絵図になる中国
中国は1842年のアヘン戦争から1949年の毛沢東による中国統一まで、太平天国の欄や列強諸国による侵略、軍閥の割拠など、内戦と侵略が同時に発生し大混乱に陥っていました。
中国統一後も、詳細の説明は省略しますが、百花斉放百家争鳴運動、反右派闘争、大躍進政策、文化大革命と、数千万人単位で殺戮が行われる時代が続きました。
一般庶民が普通に生活をしていても、いつ誰がどこから攻めて来て、誰に殺害されるか分からないという状況です。
昨日まで友人だった人が、今日になって突然自分のことを密告し、家族もろとも逮捕されて処刑されてしまう、などということも日常茶飯事です。
日本も太平洋戦争末期の数年間は日本史上最大の地獄を経験して300万人以上の方が戦争で命を落としました。
しかし中国では太平洋戦争末期の日本に匹敵する悲惨な状況が100年以上も続き、無数の人が命を落としました。
外務省安全情報の基準でいえば、中国全土が「レベル4 退避してください。渡航は止めてください。(退避勧告)」という状況が断続的に100年以上続いたと考えて良いでしょう。
いまシリア・イラク・アフガニスタンや北朝鮮の人々が経験している地獄と同様の状況を、中国人は100年以上も経験していたわけです。
1976年に毛沢東が亡くなり、1978年に鄧小平が最高権力者の座に着いてからようやく国民同士の殺し合いは落ち着き、経済が成長し始めます。
戦国時代以来そこまで大規模は内戦を経験していない日本と、1970年代まで国民同士の殺し合いをしていた中国とでは、当然ながら感覚は全く異なります。
言論の自由がトラウマになる中国政府
「言論の自由」と言っても、言論の自由だけで収まらず内戦に発展するのではないか?という恐怖が中国政府にはあります。
中国を建国した毛沢東が1958年に大躍進政策というトンデモナイ政策を発動した結果、数千万人の人々が餓死に追い込まれました。
最高権力者だった毛沢東もさすがに批判され、劉少奇という人に国家主席の座を譲ります。
しかし、劉少奇の人気が上がってきたことに嫉妬した毛沢東は、紅衛兵と呼ばれる全国の学生達に「いまの共産党は腐敗しているから、中国共産党をぶっ壊せ」と言って、共産党の幹部を大量に殺害させました(文化大革命)。
この文化大革命でも数千万人の人々が命を落としました。
こういった歴史があるので、毛沢東が亡くなった直後の共産党幹部には「学生が自由に意見を言い出すと、破壊活動が始まり自分も殺害される」という強迫観念がありました。
1989年には「六四天安門事件」という民主化運動の弾圧事件がありましたが、これも文化大革命のときに学生が暴走した記憶が共産党幹部のトラウマになっていたためと言われています。
2019年に発生した香港デモも、途中から地下鉄を破壊したり火炎瓶を投げる学生が現れました(共産党の自作自演という説もありますが)。
私の推測ですが、今回の香港デモを通じて中国国民は「やはり、一度言論の自由を認めると治安が乱れるんだな」という確信を強めたのではないでしょうか。
日本人は「言論の自由は平和な社会、情報統制は戦争に繋がる」と考えていますが、経験してきた歴史が違いすぎるので、この前提は中国人には理解されず、逆だと言っても過言ではありません。
言論の自由よりも秩序の安定を望む中国国民
近現代に限らず、中国は何千年も前から皇帝の力が弱くなると天下が混乱して農民反乱が始まり、大量虐殺が行われるということが繰り返されてきました。
近現代はこれに加えて、中国の混乱に乗じて欧米や日本の軍隊が中国へやってきました。
このような経験から中国人は「落后就要挨打(落ちこぼれたら叩かれる)」という価値観を持つようになります。
実際、落ちこぼれた中国を欧米列強や日本が叩いたことは事実です。
中国では内戦により数千万規模で人が亡くなり、国民は常に殺害に怯える日々を過ごさなければならなかったので、表現の自由の尊重などよりも、とにかく秩序を安定させて欲しいという気持ちになるのも無理はありません。
中国人がチベットや台湾の独立を断固として認めないのも、一部でも独立を認めてしまうと国がバラバラになってしまい、内戦と侵略の恐怖が再来すると考えているからではないでしょうか。
もし中国政府が台湾やチベットの独立を認めてしまったら、弱腰の政府に腹を立てた軍人が共産党に対してクーデターを起こして内戦になってしまう、というシナリオも有り得ます。
日本がシリアやアフガニスタンのような状況に陥ることは想像がつきませんが、中国で統制を弱めるとイスラム国のような勢力が現れてしまうのもリアルに想像がつきます。
中国政府は、台湾が正式に独立を表明した場合、戦争によって台湾を取り返す可能性を否定していません。
日本では、「戦争しなければ北方領土や竹島を取り返せない」と発言した丸山穂高議員が大バッシングを受けていましたが、中国は全く価値観が違うのです。
日本人は「言論の自由がある欧米や日本」、「言論の自由を認めない中国」という対比で考えます。
しかし「中国に自由を認めたら、中国は(欧米や日本ではなく)シリアのようになる可能性がある」と考えると、軽々しく「言論の自由を認めない中国は遅れている」とは言えないのではないでしょうか?
なお、チベット問題についてはチベットはもともと中国?独立国?チベット問題をわかりやすく説明という記事をご参照ください。
日本の考えをどのように説明するか
ここまで述べてきた通り、つい最近まで国内が大混乱し、数千万人規模で国民同士の殺し合いをしていた中国と、戦国時代以来大きな内戦を経験していない日本とでは価値観が全く異なります。
日本人が
そこで、そもそもなぜ日本人にとって言論の自由が大切だと考えられているのか?から説明する必要があるのではないかと私は思います。
もちろん、そのような説明をしても全く聞く耳を持たない中国人は大勢いますが、柔軟な考えも持っている中国人の中には「なるほど」と言ってくれる人もいました。
日本人が表現の自由を重視する理由
日本人が言論の自由を重視する原点は、第二次世界大戦にあると私は考えています。
もちろん、戦前の日本にも言論の自由がなかったとは言いません。
五箇条の御誓文にある「広く会議を興し」という言葉は民主主義の精神を表しているという人もいますし、自由民権運動もありました。
しかし明治の日本にとって最も切迫した問題は欧米に追いつき、列強による植民地支配を防ぐことであって、国を豊かにするためには言論の自由が制限されることもありました。
しかし、内部統制の緩んだ軍部の大暴走によって戦争で300万人の国民が死亡し、戦後は「政府が国民に都合の悪い情報を隠し、言論の自由が認められないと、政府が暴走して多くの国民が死ぬ」という共通認識が広まりました。
この経験から、日本人なら「言論の自由を制限し、情報統制をするような政府は暴走する」という論理は比較的すんなり受け入れられるのではないかと思います。
戦後の日本は「思想信条の自由」「言論の自由」に関しては、神聖不可侵の領域とされているように感じます。
どんなに右寄りであれ左寄りであれ、「表現の自由を侵害して何が悪いんだ!」とは言いにくい(共感を得られにくい)社会状況ではないでしょうか。
これは、決してヨーロッパの価値観を受け売りしているのではなく、日本の歴史を教訓として日本人自身が納得して選んだ価値観だと私は思います。
中国人には戦後の日本が価値観を180度転換させたことを理解しておらず「本当は中国への侵略をずっと企んでるが、戦後は日本の軍隊が弱くてアメリカに逆らえないから中国へ攻め込めなかっただけだろう?」と考えている人も多くいます。
戦後、日本は憲法も変わり、戦争については心の底から反省して、日本人の考え方が大きく転換した事実については、中国人に対してハッキリと主張しなければなりません。
中国人が日本人の考えを理解できない理由
多くの日本人が中国よりもアメリカに親近感を覚える理由は、三権分立、複数政党制、普通選挙といった価値観が日本人にとって神聖不可侵なものだからです。
日本人は歴史的経緯から「情報統制をするような政府は暴走する」と考えるため、共産党による一党独裁の下で言論統制が敷かれている現在の中国が戦時下の日本政府と重複して感じられ、生理的に嫌悪感を覚える人も多いはずです。
しかし中国人の経験してきた歴史は日本人とは全く異なるため、「言論の自由が制限されると恐ろしいことが起こる」という日本人の感覚が伝わりません。
というのも、中国の近現代史で、言論の自由が制限されたことにより大変なことになった(と中国人が認識している)歴史がないためです。
日本人が「今の中国の政治体制って、戦争中の日本政府と似てるよね?」と中国人に言っても「どこが似てるんだ?全然違うじゃないか。中国共産党は戦時中の日本政府ほど無能ではないし、中国の領土を守っているだけで、決して外国を侵略しようなどと企てていないぞ」という反応が返ってきます。
「国の統一が確保されているのであれば、ある程度の言論の自由が抑えられていても問題ない。むしろ、言論の自由を認めて国がバラバラになったらどうするんだ?政府が国民の自由を制限して秩序を守っているから平和が保たれるんだ」というのが中国人の感覚だと思います。
多くの中国人が恐れるのは言論統制よりもむしろ、イラクやシリアのように政府が弱体化して国がバラバラになり、内戦が始まって外国からの侵略を受けることではないかと思います。
国家による情報統制 | 国民の自由な政治活動 | |
日本人の考え | 内戦・戦争 | 平和で安定した社会 |
中国人の考え | 平和で安定した社会 | 内戦・戦争 |
中国人と共通理解を持つために
日本人も中国人も「生命の安全が確保される社会秩序が大事」という出発点は共有できるはずです。
しかし、 「何が起こると社会秩序が崩れて大虐殺が始まるのか」ということに関して考え方が異なります。
日本人は第二次世界大戦の経験から、政府が情報を統制し、言論の自由が制限されて独裁的な政府が暴走すると殺し合いが始まると考えます。
一方、中国人はアヘン戦争以来100年以上続いた内憂外患の経験から、政府が弱体化して国が分裂し、国民同士が殺し合いを始めることを最も恐れています。
この点で食い違いがあるため、日本人と中国人の価値観が噛み合いません。
中国人に言論の自由の重要性を理解してもらうには、「なぜ日本人は言論の自由が重要なのか」ということを説明する必要があります。
なお香港や台湾は、19世紀には既に中国本土から切り離されており中国本土の人達と同じ歴史を共有していないため、日本人の感覚に近いです。
中国と日本は本当に価値観が違う国
という意見もあるかも知れません。
しかし、毛沢東時代の大躍進政策や文化大革命など、国民全体が「絶対に政府を許せない(これ以上国民を敵に回すと共産党政権が倒されてしまう)」という状況になると、中国共産党は軌道修正する傾向があります。
最近でも例えば、経済成長による腐敗が酷すぎで国民の怒りが激しいものになっていたので、2012年に国家主席に就任した習近平は腐敗撲滅キャンペーンを行い、共産党と習近平自身の威信を高めました。
また、オミクロン株が広まってゼロコロナ政策が行き詰まった2022年11月には、突然ゼロコロナ政策を停止しました。
中国共産党は、冷静にギリギリのラインを見極める能力に長けており、目先の利益や感情だけに流されて損をするようなことはありません。
それは日本に対する態度も同じです。中国共産党はよく日本首相を批判しますが、韓国のように天皇を侮辱することは絶対にありません。
天皇を侮辱することが日本人にとって絶対に越えてはいけない一線だということを中国共産党はよく理解しているので、建国以来中国が天皇のことを批判したことは一度もありません。
ひょっとしたら、天皇に敬意を払うことで日本をコントロールできると計算しているのかも知れません。このように、中国共産党はかなりしたたかです。
日本から見れば保身のためだけに独裁体制を敷いているように見える中国共産党ですが、私の印象では必ずしもそうとは言い切れません。
中国共産党は中国国民の民意も敏感に読み取っているので、ある意味では日本とは全く異なる中国流の民主主義が機能しているとも言えるように思います。
逆にいうと、中国共産党が言論統制をしても中国国民全体が暴発していないということは、中国国民にとって言論統制や一党独裁はそこまで嫌なことではないのではないか、と私は考えました。
そこでこの記事では、その理由について私なりに考察しました。
本当に一党独裁が嫌なのであれば、天安門事件の後、今のミャンマーのように国全体が大混乱して収拾がつかなくなってしまう可能性もありました。
しかしミャンマーとは異なり、中国では「民主化のために命を投げ出して戦おう」と考える人は決して多くはありませんでしたので、やはり民主化への欲求はそこまで高くはないのではないかと思います。
もちろん、中国人にも様々な考えの人がいることは理解しています。
しかし、いくら「日本人には様々な考えがある」と言っても「言論の自由なんていらない。それよりも強い軍隊と政府が重要だ!」「戦争をしてでも領土を取り返すべきだ!」などという考えは現在の日本では支持されにくいのではないでしょうか?
それと同じように、いくら中国人に様々な考えがあると言っても、ある程度の共通する価値観はあるのではないかと考え、この記事を書きました。
私は「強い政府が秩序を安定させながら経済発展をリードし、欧米を追い越して中国を世界文明の中心的な地位へ復活させて欲しい」というのが多くの中国人の感覚ではないかと考えています。
- 秩序の安定
- 世界一の大国への復活
が一番の目的であるならば、逆に将来「三権分立や複数政党制を採用した方が秩序も安定するし、アメリカにも勝てるし、台湾も返ってくるだろう」と政府が判断したら、一夜にして共産党主導で急激な民主化が起こっても私は驚きません。
しばらくは可能性が低いかも知れませんが、共産党はこの70年間で驚くほどの柔軟性をもって時代の変化に対応してきたので、将来どうなっていくかは予想がつきません。
私がこの記事で書きたかったのは、日本人がイメージするほど中国は単純ではなく、「中国共産党は自分たちの保身のことばかり考えていて、中国の国民は不自由な生活を強いられて可哀想だ」という視点だけでは、中国は理解できないだろうということです。
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