
2022年から中国の広州に住んでいるTATSUYAと申します。
広州は香港とも距離が近く、週末に電車で2時間くらいかけて香港へ遊びに行くことも多いです。
広州や香港では広東語という言葉が話されています。この記事では

広東語は中国語の方言?中国語とどのくらい違うの?
という疑問にお答えします。
ちなみに私は、仕事や生活に不自由がない程度の中国語は話せますが、広東語は全く話せません。
今回、飯田真紀さんの「広東語の世界」という本を参考にしました。
本記事では、書籍の内容を踏まえつつ、私自身の広州や香港での経験を交えて広東語についてご紹介します。
Contents
広東語とは?
広東語は中国語の方言ですが、標準の中国語とは音が全く異なり、一言も通じません。
以前、私が北京のショッピングモールで友人と日本語で話していたら、店員から

あなた達が話しているのは広東語?
と質問されました。
このように北京や上海の人達は広東語を一言も理解できません。
北京の人にとっては広東語と日本語の区別がつかないくらい、広東語は北京語とは全く異なるのです。
画像引用元:wikipedia 中国語
標準の中国語(「普通話」と言います)は、上の図で薄茶色に塗られている地域で話されている「北方方言」に属します。
日本では「北京語」と呼ぶ人もいます。
厳密には北方方言と北京語と標準中国語はそれぞれ異なるのですが、本記事のテーマである広東語とは関係がないので、以下では標準中国語や北方方言を「北京語」と書きます。
一方、広東語が話されているのは上の地図で南に位置するピンクのエリアです。
中国全体からすると広東語が話されているのは非常に狭いエリアに見えますが、広東語の話者数はとても多いです。
話者数には諸説ありますが、広東語学会(Cantonese Language Association)のホームページによると2022年現在で8550万人の話者数がいるそうです(参考サイト)。
ちなみに上記の図にある通り、中国には北京語と広東語(粤语)の他にも客家語、湘語、呉語など様々な方言があり、お互いに全く通じず、中国七大方言もしくは十大方言と言われます。
これらは「方言」と言われますが、ヨーロッパの各言語くらいの差があると思います。
中国の面積はEUの2倍以上、日本の約26倍もあるので、同じ国の中で言葉がバラバラでも当然と言えます。
中国語の中では北京語が圧倒的な地位を占めていますが、広東語は北京語以外の方言の中では最も高い地位を占めています。
違いを感じて頂くため、タモリさんが北京語と広東語の雰囲気で話す動画をご紹介します(もちろんインチキ外国語です)。
広東語は1:46〜、北京語は2:10〜ですが、さすが雰囲気の違いがよく出ています。
ちなみに1:29〜ベトナム語をやっていますが、私は広東語は北京語よりもベトナム語の響きに似ているように感じています。
広東語とベトナム語の両方を話せる人に聞いたら全く違うそうですが...
日本人に馴染みのある広東語
「ニーハオ(こんにちは)」「シェシェ(ありがとう)」は北京語ですが、日本人が中国語だと思っている単語の中にも実は広東語が紛れています。
代表的な広東語は「モーマンタイ(無問題)」です。北京語ではモウマンタイではなく「メイウェンティ(没問題)」と言います。
他にも、シウマイ(焼売)やヤムチャ(飲茶)、チャーシュー(叉焼)なども広東語です。
広東料理のメニューは日本語でも広東語で発音します。
一方、チンジャオロースや麻婆豆腐やホイコーローなど、広東料理ではない中華料理は北京語で発音します。
中国語の方言の中で異彩を放つ広東語
日本語では中国語の一方言と思われている広東語ですが、他の方言とはステータスが全く異なります。
例えば英語では、広東語に北京語(Mandarin)と並ぶ地位を与えられています。
英語を使う方は北京語をマンダリンと呼ぶことはご存知だと思います。
Chinese | |
Mandarin | Cantonese |
広東語以外の方言(客家語、湘語、呉語など)については英語圏ではマイナーですが、中国語の中にはマンダリンとカントニーズの二種類があることが英語圏では知られているそうです。
広東語の存在感が強い理由を3つご紹介します。
広州が外国との通商窓口だった
広東地方の中心地は広州でしたが、広州は1757年から1842年まで中国で唯一の海外との貿易港でした。
つまり広州は江戸時代の長崎と全く同じです。
外国人商人は広州で広東語を聞く機会が多かったので、広東語が海外へ伝わったようです。
日本に例えると、オランダ人が長崎にしか来なかったので、江戸ではなく長崎の言葉が日本語として世界へ広まるようなものと言えます。
海外華僑は広東省出身者が多い
19世紀後半になると多くの中国人が華僑として海外へ渡りましたが、その多くは広東省出身者だったようです。
広東省は中国の最南端に位置するため海外に渡航しやすく、今でも世界中のチャイナタウンで広東語が話されています。
日本も例外ではなく、横浜の中華街には広東省出身者が多かったようです。
広東は華僑の故郷と言われ、古くから海外に人々を送り出した土地です。横浜華僑の多くは広東の出身で、今も中華街に広東料理が多いのはこのためです。
先ほど紹介したシューマイやチャーシューなど、広東語由来の広東料理が日本で普及しているのも中華街へ来た広東省出身者から広まったのかも知れませんね。
香港が圧倒的に繁栄した
戦後、中国本土は社会主義的政策で20世紀末まで貧しかったですが、香港は「アジアの四小龍」の1つとして大変な発展を遂げました(ちなみに、「アジアの大龍」は日本を指します)。
中国の面積は日本の26倍、香港の面積は東京都の半分しかありませんが、20世紀末にはその香港のGDPが中国全体の4分の1を占めているような状況でした。
当時貧しかった中国の人達にとって香港は憧れとなり、豊かな香港で話されている広東語は中国語の方言の中で特別な地位を占めるようになりました。
21世紀に入ると中国も経済成長し、香港の相対的地位は低下しますが、今でも広東語は香港人の重要なアイデンティティになっています。
広東省での旅行や生活に広東語は必要?

広州など、中国の広東省で生活するには広東語が必要なんじゃないの?
と、よく質問されます。私も広州へ来るまでは、広東語ができないと広州の生活は不便なのではないかと心配していました。
しかし中国本土では、たとえ広東省であっても広東語は全く必要なく、北京語だけで不自由なく生活できます。
公式な言語は北京語、広東語は副言語
中国本土の広東省では、コンビニやホテル、タクシーなどでスタッフから話しかけられるときの第1声は必ず北京語です。
人よりも鶏の数が多いような農村へ行くと、食堂のおばあさんに広東語で話しかけられることもありますが、基本的には北京語です。
地下鉄やバスのアナウンスに広東語もありますが、必ず北京語→広東語の順番です。
- 結婚式の司会
- ライブなど各種イベント
- 博物館のガイド
など、公式な場所で使用される言語は全て北京語です。
広東語は公式な言語ではなく、あくまでもローカルな言語と言う位置づけです。
マレーシアへ行くとマレー語を話せなくても英語だけで全ての用事が済みますが、広東省における広東語はマレーシアにおけるマレー語と同じ(広東省の北京語がマレーシアの英語に相当)です。
他の方言に比べると中国本土でも広東語は強い
広東省でも北京語がメイン、広東語はサブなのですが、それでも他の地方の方言に比べたら広東語には圧倒的な強さを感じます。
例えば、バスや地下鉄では「北京語→広東語→英語」の順でアナウンスが放送され、北京語が1番ではありますが、方言がアナウンスされるのは中国では珍しいです。
多くの地方では「北京語→英語」のアナウンスだけで終わりです。
以前、上海の郊外にある安徽省の黄山出身の50代の方がこんなことを言っていました。

俺はもう地元の安徽省の言葉は話せない。80代くらいの高齢者たちは話してるけど、50代くらいの同世代はみんな北京語しか話さない。
安徽省よりもう少し南の江西省の南昌出身の20代の人はこんなことを言っていました。

私の地元だと、まだ親世代の50代は地元の言葉を話してますね。でも私達20代は北京語しか話しません。
もともと中国は、長江(国の真ん中あたりを流れてる河)より北は北京語、南は地域ごとにバラバラな方言がありました。
しかし、その境がどんどん南下して来て、長江以南の人達でも若い世代は北京語しか話せない人たちが多いです。
台湾でも同じ現象(若者が台湾語を話せず、北京語しか話せない現象)が起こっており、方言しか話せない高齢者世代と、北京語しか話せない孫世代の通訳を親世代が担っているなどと言う話も聞きます。
例えば、私の知人で浙江省(上海より南)の温州市出身と寧波市出身のカップルがいるのですが、浙江省の方言ではなく北京語のみで会話をしています。
ところが最南端の広東省では、全世代が流暢に広東語を話します。
広東人は10代でも20代でも、広東人同士なら広東語で会話をします。
広東省だけでなく、隣の福建省や広西チワン族自治区の街角を散歩していても地元の言葉をよく聞くので、中国の最南端はまだまだ方言の力が強いです。
以前は長江あたりだった北京語と方言の境界が、広東省と湖南省の境界あたりまでググーっと南下してきたようです。
広東省の地方へ行くと更に広東語の影響が強くなる
広東省の中でも深圳市や東莞市は全国から人が集まるので北京語での会話が主流で、広東語を話せない人も多いです。
広東省の省都である広州市では、広東人同士は広東語で会話をしていますが、大都市なので北京語が基本です。
しかし、もっと地方へ行くと広東語しか聞かないこともあります。ちなみに広東省だけで日本の半分の面積があります。
例えば広州での会話は、お互いに広東語が通じる人達同士では広東語で話しますが、広東語を聞き取れない人が1人でも会話へ入ってくるとすぐ北京語へ切り替わります。
しかし私が仕事で郊外の工場へ行った時、スタッフ同士は私が聞き取れなくてもお構いなしに広東語で会話を続け、議論が終わった後に北京語で私へまとめて報告しました。
私が意見を言うと、またスタッフ同士での広東語の会話が始まり、私は蚊帳の外になります。
私の母は広東語しか話せないよ。聞き取りなら北京語もできるからニュースは分かるけど、話す時は広東語しか話せない。
という人もいます。
香港での旅行や生活に広東語は必要?
広東省から香港へ一歩入ると、また様子が一変します。
公式な言語が広東語、北京語は副言語
香港では事実上、標準語が広東語で、北京語がローカル言語という位置づけのようです。
「事実上」と書いたのは、「広東語が標準である」と公式に決まっているわけではないからです。
地下鉄やバスのアナウンスも広東語→北京語→英語という順番になり、北京語より広東語の地位が高くなります。そして
- 結婚式の司会
- ライブなどの各種イベント
- 博物館のガイド
も広東語で行われます。
香港ではコンビニやレストランの店員にも第一声から広東語で話しかけられます。
広東語が通じないと分かった場合に、英語や北京語へ切り替えます。
中国の広東省では必ず北京語が第一声で、お互いが広東人同士だと分かった時に初めて広東語で話しますので、香港では逆なのです。
香港では北京語を話せなくても生活できる
中国では北京語を話せないと生活も旅行も成り立たず、逆に北京語さえ話せれば何の不自由もありません。
しかし香港では、広東語さえ話せれば北京語は全く必要ありません。
香港に長年住んでいる日本人の方の中には、広東語がペラペラなのに北京語を全く話せない人も多いのですが

香港に住んでると北京語は全く必要ないので、勉強するモチベーションがわかないんですよね
と言います。日本の26倍の面積がある中国のどこでも北京語が通じるのに、東京都の半分の面積しかない香港だけ北京語が全く必要ないのは、中国に住んでいる日本人からするとカルチャーショックです。
「香港は中国に飲み込まれた」「もはや香港は中国の一地方都市に過ぎなくなった」などと言われますが、実際にはまだまだ香港の独自性は強く、中国本土とは別世界だと感じます。
広東語が香港人のアイデンティティになっている
イギリス統治時代の香港では、基本的に広東語と英語しか通じず、北京語は全くと言って良いほど通じなかったそうです。
1997年に香港が中国へ返還された後、中国本土出身の人達も増えてきたことから、香港でも以前よりも北京語が通じるようになってきました。
今では英語よりも北京語の方が通じるようになったとも言われます。
早在2015年,网络上流传着这样一个关于香港的段子:说英语打六折,说粤语打八折,说普通话打骨折。
2015年当時、インターネットで流行した香港に関するジョークがある。「英語を話せば4割引き、広東語を話せば2割引き、標準語(北京語)を話すと骨折させられる」
つまり英語や広東語は歓迎されるけど、北京語を話す人は嫌がられるということです。
引用元では「香港のサービスはもともと酷くて、相手が誰であろうと関係ない。中国本土の人が差別されているわけではない」と書かれていますが、私の肌感覚では北京語を話す中国本土の人達を嫌がる香港人は珍しくないように感じます。
私自身、香港では北京語を話した時よりも英語を話した時の方がニコニコされる確率が高いように感じています(私自身がそういう偏見で香港人を見ているから、そう感じるだけかも知れませんが)。
特に、日本人の私が日本語訛りの英語で話したとき、店員から片言の日本語で

日本人ですか?私は日本が大好きです
と言われたことが何度かありますが、中国語で話すと基本的に素っ気ない対応が返ってくる感じがします。
特に、北京からの圧力が強まって香港デモが発生して以降、香港人の親日度はどんどん高まっており、2019年には香港人の3人に1人が日本へ旅行したそうです。
このような政治的な背景もあり、香港人のアイデンティティとして広東語はますます重要になっています。
現在の香港の状況については【香港】2025年の生活環境・物価や言論統制の状況【移住希望者必見】の記事で詳しくご紹介しています。
今回、飯田真紀さんの「広東語の世界」という本を参考にしました。
広東語の奥深い世界がよく分かるのでオススメです!