
皆さんは、自分のことが好きですか?
この記事は、自分に自信が持てず、自分を好きになれない人のための記事です。
真面目な方ほど完璧主義になって、自己嫌悪に陥っているかも知れません。
といったアドバイスをする方がいるかも知れませんが、そもそも没頭できる趣味を見つけられるくらいなら自己嫌悪に陥りませんよね。
「自分を尊重しましょう」とか「人と比べないようにしましょう」などと漠然と言われても、そんな理想論は始めから分かっているはずです。
朝起きた瞬間から自己嫌悪に陥っている人からすれば具体的にどうすれば自分を大切にできるのかが分かりません。
私も22〜24歳の頃、自己肯定感がとても下がってしまい八方塞がりになったことがありましたが、現在は回復してインドで楽しく生活をしています。
また私は昔からメンタルの不調を訴える友人や職場の同僚などから話を聞く機会があり、多くの人の相談を受けてきました。
こういった経験を通じ、どうすれば自己嫌悪の強い人が自己肯定感を上げられるのかを真剣に考えきました。
そこでこの記事では、私の経験をもとに、自信のない人が自己肯定感を高めていくための方法についてご紹介します。
- 人間には優劣がないことを理解する
- 自分の感覚を信じる
- 自分を尊重してくれない人とは距離をおく
- 没頭できる趣味を見つける
- 得意なことを見つける
- 得意なことに集中する
- 他人が変わることを期待しない
私自身も含め、自己肯定感が高まった人達がどのように変化したのかを観察したところ、上記の7つのプロセスを踏んでいたことに気がつきました。
自分のことを好きになるのは極めて大変なことですが、考え方次第で人生が変わります。
自己肯定感が高まると、気持ちに余裕が生まれて日々の生活が楽しくなります。
1つ1つのステップが大切で重たい内容なので、詳細は個別の記事でご紹介し、この記事では概要のみをご説明します。
7つのステップを1つずつクリアしなければ次に進めない・・・という訳ではなく、進んだり戻ったりしながら全体を通じて少しずつ進んでいくイメージです。
Contents
人間には優劣がないことを理解する
皆さんは勉強や運動が苦手、給料が低い、モテない、結婚できない自分をダメなやつだと思っていませんか?
劣等感コンプレックスに苦しんでいるあなたは、仕事ができて給料が高いことを自慢する人達を見て、「どうしたらあんなに自信がつくんだろう?」と不思議に思うかもしれません。
しかし実は、自分の優れた実績を自慢したがる人も自己肯定感が低いのです。
例えば、東大生の多くは自己肯定感が低いです。
「優れているから自分には価値がある」と考えているということは、「もし優れなくなったら自分には存在価値がなくなる」という不安を抱くことになります。
従って、「自分は常に優れ続けていなければならない」という強迫観念に苦しむことになります。
これを優越感コンプレックスと呼びます。
学歴や収入が高い人でも、低い人を見下している場合にはどこかで優越感コンプレックスに苦しむことになります。
つまり、劣等感コンプレックスをバネに努力を重ねて結果を出したとしても、劣等感コンプレックスが優越感コンプレックスに変換されるだけで、自己肯定感は上がりません。
例えば、勉強が苦手で周囲からバカにされていた子どもが頑張って良い成績を取ったとしても、「また成績が下がれば自分には価値がない」と思っている限り自己肯定感は低いままです。
一般的には「小さな成功体験や、親から褒められた経験が子どもの自己肯定感を上げる」などと言われます。
しかし「成績が良くなければ親から愛されない」と思っている子どもは、小さな成功体験や親から褒められた経験を積めば積むほど「やはり成績が良くなければ親から愛されない」という確信を深め、ますます自己肯定感が下がってしまいます。
それに対して自己肯定感が高い人は「人間には違いがあるだけで、優劣はない」という前提で物事を考えます。
自己肯定感の低い人からすれば
自己肯定感を高める第一歩として「人間には優劣はなく、違いがあるだけだ」ということをお腹の底から納得しなければなりません。
この認識を直さないまま努力してしまうと、頑張れば頑張るほど間違った方向(優越感コンプレックス)へ行ってしまいます。
しかし、自己肯定感の低い人は育ってきた環境を通じて、何十年もかけて「人間には優劣があり、劣った人間には存在価値がない」という強固な認識を形成しているので、これを転換するのは並大抵のことではありません。
そこでまず、どうすれば「人間には優劣がない。違いがあるだけだ」という価値観を納得することができるかを考えたいと思います。
詳しくは劣等感コンプレックスの解消は努力による克服ではなく価値観の転換をご参照ください。
自分の感覚を信じる
自分の感覚を信じられることが極めて重要です。
7つのステップの中で最も重要と言っても過言ではありません。
自己肯定感の低い人は「人間には優劣があり、優れた人間にならなければならない」と常に考えています。
「自分の感覚に従った行動よりも、優れた人間になるための行動が重要」と考えるので、自分の感覚に自信を持てません。
例えば、あなたが上司から任された仕事を完了するのに8時間かかり、非常に疲れましたとします。
しかし間違いだらけだったので、上司からは怒られてしまいました。
それに対して同僚のAさんは2時間で仕事を完了してミスもなく、上司から褒められました。
このとき自己肯定感が低い人は
と考え、速くミスなく完了できるように頑張ってしまいます。
しかし、これはやってはいけない努力です。
人の何倍も時間がかかってミスばかりするような仕事というのは本人にとっても辛いはずで、直感的にはやりたくない仕事のはずです。
自己肯定感の高い人であればこのように考えます。
「これをやって優れた人間になれるのか?」「ここで辞めたら優れた人間になれないのではないか?」と考え、「やりたくない」という自分の感覚よりも周囲の視線に従って行動することになります。
「好きなものは好き」「嫌なものは嫌」とハッキリ感じられることがとても重要です。
自己肯定感の低い人が自分の感覚を信じられるようになるのはとても大変なことです。
「自分の感覚に従うことは不道徳なんじゃないか?」とすら考えてしまいます。
そこで、どうすれば自分の感覚を信じることができるようになるのかについて考えてみたいと思います。
詳しくは自分の感覚を信じられるようになるための考え方と注意点をご参照ください。
自分を尊重してくれない友人とは距離をおく
いくら「人間に優劣はない」「自分の感覚に従う」と決意したとしても、周りの人からの影響によって元の価値観へ引きずり戻されてしまうことがあります。
大抵の場合、自己肯定感の低い人は似たような人を引き寄せますので、本気で変わろうと思ったら友人関係を総入れ替えする覚悟が必要です。
人間関係の影響は極めて甚大です。
「その人を知るには友人を見ろ」などと言いますが、友人を間違えると人生は破滅します。
そもそも、人が劣等感コンプレックスを持ってしまうのは劣等であることが原因ではありません。
劣等だから劣等感コンプレックスを持つのではなく、劣等であることを許さない人間関係で孤独感を覚えて劣等感コンプレックスを持ちます。
深刻な劣等感のある人は、小さい頃から、自分は劣等であることが問題だと思っていた。
しかし実はそうではない。劣等であることが問題ではなく、自分をとりまく人間関係が問題だったのである。
つまり自分は、劣等感に苦しむような人間関係で育ったという事である。
小さい頃から無意識の領域で深刻な孤独感に苦しんでいたということである。
劣等であることなど何の問題でもない。それは枝葉末節なことである。
問題の核心は深刻な孤独感である。その深刻な孤独感を味わう人間環境である。加藤諦三 「眠れない人のための心理学」 P66
「劣等であることなど何も問題でもない」とは、どういうことでしょうか。
例えば、私は「あやとり」ができないので、あやとりに関しては劣等であると言えます。
しかし、あやとりが苦手だからという理由が自己嫌悪に陥ったり、あやとりが得意な人に対して嫉妬心を抱いたりはしません。
あやとりが得意な人を見ると、純粋に「おぉ〜凄いなぁ」と思うだけです。
なぜなら、あやとりができなくてバカにされたことがないからです。
勉強や運動でも同じです。
「勉強が得意で運動が苦手」という方に質問しますが、オリンピック選手より運動が苦手であることに自己嫌悪を抱いて、オリンピック選手に嫉妬しますか?
逆に「運動が得意で勉強が苦手」という方に質問しますが、ノーベル物理学賞の受賞者に嫉妬しますか?
しませんよね?
なぜなら、オリンピック選手より運動が苦手でも、ノーベル物理学賞より勉強が苦手でも、誰からもバカにされないからです。
「ノーベル物理学賞受賞者より勉強ができないのは当たり前じゃないか」と一般の人は思います。
まさに「劣等であること自体は何の問題もない」ということです。
ノーベル物理学賞の受賞者よりも勉強が苦手であることは問題でないのに、同じクラスの他の生徒より勉強が苦手だと劣等感コンプレックスを抱いてしまうのは、周りにバカにされてしまうからです。
バカにする人の心理には「他の人はできるのに、なぜあなたはできないんだ?」という、「人間には優劣がある」という価値観を前提にした比較の視点があります。
従って、自己肯定感が低い理由は「できないから」ではなく「できないとバカにしてくる人がいるから」です。
つまり、何かの分野で実績を残さなくても、自分のことをバカにしてくるような人間関係を見直すだけで自己肯定感は上がります。
例えば、あなたが英語ができないこと理由に友人からバカにされたとき、劣等感コンプレックスを抱いたあなたがやるべきことは英語力アップではなく、その友人との距離を置くことです。
そこで、どうやって人間関係を見直していくのかについて考えてみたいと思います。
詳しくは友達はいなくてもOK 自分を尊重してくれない友人と距離をおく方法をご参照ください。
没頭できる趣味を見つける
ここまで自己肯定感が低い原因を考えて自分の感覚に自信を持ち、ネガティブな人間関係を見直すことの大切さをお伝えしました。
しかしこれだけだと、マイナスがゼロになるだけであって、まだ楽しい人生は送れません。
人間の存在価値に優劣はないことを理解し、自分の感覚を大切にし、自分を尊重してくれない人との関係を断ち切ったとしても、やりたいことがなければ人生は楽しめません。
毎日、生活のために行きたくもない会社へ行ってやりたくもない仕事をやる、そして家と会社だけを往復する・・・という生活の繰り返しだけでは楽しくないはずです。
今すぐ会社を辞められるだけの資産があれば自由にはなるかも知れませんが、自己肯定感が低いまま自由になってしまうと、やることがなく退屈で、それはそれで辛くなります。
人生を楽しめないと、どうしても「私には存在意義があるのか?」「私は世の中の役に立っているのか?」と考えてしまうものです。
そして、知らず知らずのうちにまた自己肯定感が下がっていきます。
そこで、STEP1〜3までで自分をネガティブな考え方や友人から解放したら、楽しい趣味を探しましょう。
何が楽しくて何がつまらないかは、やってみなければ分かりません。
そこで、ちょっと興味を持ったことにはどんどんチャレンジしてみるのがオススメです。
※興味がないことにはチャレンジしなくていいです。
映画を見ても良いし、旅行をしても良いし、気になっていたお店に行ってみても良いし、秋葉原へ足を運んでみても良いかも知れません。
しかし、自己肯定感の低い人が趣味を見つけるのは容易なことではありません。
などと考えてしまいます。
しかし、この考えも「趣味を持ったら結果を出さなければならない」という強迫観念に囚われています。
「好きなこと」なので、結果なんて出さなくて良いのです。
私の母は50代からピアノ教室に通い始めましたが、80代になってピアノを始めた生徒から「あなたは若くていいわねぇ。まだ何十年もピアノができるじゃない。」と言われたそうです。
また前提として、「楽しいことを楽しいと感じる感覚」が必要です。
例えば、本当はコスプレが大好きなのに「コスプレが趣味だなんて恥ずかしくて人に言えない」などと考える必要はありません。
趣味らしい趣味でなくても、犬の散歩をしたり、掃除や洗濯を綺麗にしたり、といった日常生活を楽しむことだって広い意味では立派な「趣味」です。
他人から「いい趣味ですね〜」と言ってもらうことが目的ではなく、退屈で憂鬱な日常を楽しくするために趣味を見つけましょう。
何が楽しいかは分からないと思うので、興味を持ったことチャレンジして、つまらなければ辞める、楽しければ続ける・・・ということを繰り返していくうちに、何かしら「楽しい」と思うものが見つかるのではないでしょうか。
このように、自己肯定感の低い人が新しいことにチャレンジして趣味を見つけるのは非常に大変なことです。
そこで、新しいことにチャレンジする行動を起こすために必要なことについて考えてみたいと思います。
詳しくは行動力のない人がやる気を出して行動力を高めるために必要な考え方をご参照ください。
得意なことを見つける
という状況になれば、だいぶ自己肯定感は上がってくるのではないかと思います。
「仕事は生活のため」と割り切れるのであれば全く問題ありません。
但し仕事が苦痛過ぎて趣味を楽しむ心の余裕がなければ、全体としては良い状況ではありません。
その場合には、仕事の苦痛を取り除く必要があります。
人生を楽しむには楽しいことをする必要がありますが、毎日遊び呆けていて家賃と食費が払えなくなってしまったら結局は楽しくありません。
そこで、人生を楽しむためには
- 自分が楽しいと感じることをやる
- 楽しいと感じたことが人の役に立つ
という2つが必要になります。
ここに到るまでは大変ですが、まずは好きなことを見つける必要があります。
今やっている仕事がつまらない場合は、その嫌いな仕事をいくらやっても好きにはなりません。
それよりも、興味を持ったことにどんどんチャレンジして、自分が得意なことを見つけた方が良いです。
そこで、自己肯定感の低い人がどのように得意なことを見つけていけば良いか?について考えます。
詳しくは自分の得意なことを見つけるための3つの方法ご参照ください。
得意なことに集中する
実際に得意なことが見つかったら、できるだけそれに集中していく必要があります。
かと言って、「明日から仕事を辞める」というわけにもいかないと思います。
そこで、どうすれば得意なこと・好きなことに集中していけるかを考える必要があります。
具体的には
- 今の仕事で新しいことにチャレンジする、少しずつシフトする
- 部署を変えてもらう
- 副業として始める
といった方法があるのではないでしょうか。
詳しくは自分の得意なこと・好きなことに集中する方法ご参照ください。
他人が変わることを期待しない
ここまで、「人間には優劣がある」という価値観を転換して自分の得意なこと・好きなことに集中することで自己肯定感を上げていく方法をご紹介しました。
ここで一つの疑問が浮かぶかも知れません。
自己肯定感の低い人は、家庭環境に恵まれなかったり学校でイジメにあったりと、何かと苦労をしてきた方が少なくありません。
どうして私ばかりこんなに苦労しなければならないんだ?と考えてしまうかも知れません。
育ってきた環境、現在の自分が置かれている環境を恨んでしまう気持ちも分かります。
「無条件の愛情をもらえなかった」というのは、「五体満足に生まれなかった」と同じく、自分ではどうすることもできなかったことです。
「どうしてうちの親はもっと大切にしてくれないんだろう」
「どうしてうちの親は、楽しく親子で旅行へ行けるような親じゃないんだろう」
「どうしてうちの同僚は・・・」
このように考えてしまうのもわかります。
しかし、周囲に変わることを求めている限り、自分自身は変わりません。
「○○くんの親は愛情があるのに、どうして私の親は・・・」という考え方は、自分の親を他所の親と比較しています。
「どうしてあなたは○○くんより成績が悪いのよ!」と、他人の子どもと比較する親と同じことをしてしまっています。
重要なことは、他人に期待せず諦めることです。
他人には何も期待してはいけません。
親、兄弟、親戚、友人、同僚、配偶者、子ども・・・誰もあなたの期待通りには変わりません。
「そういう人だから、仕方がない。それはそれで、その人の人生だから、自分が変わるしかない」
この割り切りがとても重要です。
どうしても周囲の人を受け入れられないのであれば、距離を置くしかありません。
親や友人とは距離をおけばいいですし、自己肯定感を下げる職場環境であれば転職を検討した方が良いかも知れませんし、自分のことを否定するパートナーとは離婚した方が良いかも知れません。
関係を切ってはいけないのは、成人前の自分の子どもだけではないかと思います(成人してしまえば関係ないと思います)。
それでもやはり、「どうして私は恵まれないんだろう」と考えてしまうかも知れません。
問題は、満たされないことに意識がフォーカスされていることです。
例えば、皆さんは私のこのブログを読んでいるから目が見えているわけですよね?
世の中には目が見えない人も大勢いますから、目が見えているだけで恵まれているとも言えます。
また、私が住んでいるインドには生死の境を彷徨うレベルの貧困層が大勢いますので、衣食住が満たされるだけでも恵まれていると言えます。
あなたは「自己肯定感を高める環境ではなかった」という点では恵まれなかったかも知れませんが、何かしら恵まれている点もあるはずです。
全てが完璧に恵まれるということは通常なかなかありえません。
親の愛情には恵まれていても、親から深刻な病気が遺伝している・・・という人もいるかも知れません。
そこで、恵まれないことにだけフォーカスするのではなく「まぁ生きていれば何かしら恵まれないこともあるさ」くらいに気軽に考えて良いのではないでしょうか。
自己肯定感は上がります
自己肯定感が低いと人生を楽しめず、人生が楽しめないと自己肯定感が下がる、という負のスパイラルに陥ります。
ここから抜け出すには、どこかで思い切りが必要です。
何年もかかることなので長期戦になる覚悟は必要ですが、自己肯定感は確実に上がっていきます。
この記事で紹介したステップについて、更に掘り下げて理解したい方はぜひ自己肯定感を高めるためにオススメな書籍9選もあわせてチェックしてください。