ダーメーク ストゥーパ

ガンジス河で有名なインドの聖地、バラナシから車で30分くらいのところにサールナート(鹿野苑)という町があります。バラナシに3泊以上する場合は、1日はサールナートに訪れても良いかも知れません。

バラナシの詳細については下記記事をご参照ください。

サールナート概要

手塚治虫の「ブッダ」などを読むと、釈迦が悟りを開いた後に初めての説法をするシーンがあります。悟りを開いた場所がブッダガヤ、悟りを開いた後に初めての説法をした場所がサールナートです。ブッダガヤとバラナシは電車で数時間離れています。

ブッダガヤ、サールナートの他、釈迦生誕の地ルンビニ(ネパール)と釈迦入滅の地クシナガラが仏教4大聖地とされています。やはりインドで宗教的に重要な場所はガンジス河沿いに集中しているなぁと実感します。

今回は、サンタナゲストハウスで知り合ったバックパッカーの方の紹介で、日本語ペラペラのガイドを紹介していただきました。オートリキシャーに乗せてもらってバラナシからサールナートへ移動しました。自分で移動する場合にはオートリキシャで往復800ルピー程度のようです。

サールナートへ着くと、また別の日本語ペラペラなガイド(名前は忘れてしまいました)が待っていました。彼は仏教徒で、日本語でサールナートのお寺を詳しく解説してくれました。彼は日本の京都や奈良へも来たことがあるそうです。

インドからは既に仏教はほぼ消滅してしまいましたが、サールナートは仏教の聖地なので仏教各国のお寺があります。チベット寺、タイ寺、中国寺、日本寺、韓国寺、ベトナム寺などです。

インドの観光名所はどこも入場料が高く、タージマハールなどは1300ルピーも取られるそうです(インド人だと50ルピー程度だそうです)。しかしサールナートの仏教寺院はどこも入場料が無料で、誰でも自由に参拝することができます。

日本寺

サールナート 日本寺

日本寺は日蓮宗の法連寺というお寺がありました。日本人は常駐していないそうですが、一歩中に入ると突然日本へワープしたかのような錯覚に陥ります。インドのお寺は石造で埃っぽいのですが、日本寺は木造で綺麗に掃除が行き届いていました。

サールナート 日本寺看板

日蓮宗なので「南無妙法蓮華教」と書かれています。サンスクリット語でも併記されています。インドのお寺は日本と感覚が違うのか、講堂の一番奥の本尊の目の前まで入ることができます。

サールナート 日本寺内部

日本寺はまだ新しく、1980年代に建てられたものだそうです。

チベット寺

サールナート チベット寺 本尊

チベット寺が最もインパクトがありました。チベットは、ヒマラヤ山脈を挟んでインドのすぐ反対側にあり、大部分は中国のチベット自治区に属しています。

しかし、歴史的には「チベット=中国のチベット自治区」ではありません。チベットは元々もっと広く、チベット自治区の他、中国の青海省全域と四川省、雲南省や甘粛省の一部もチベットに属し、チベット文化はブータン、ネパールやインドのラダックにも広がっていました。

サールナート チベット寺 外観

チベットの中心はチベット自治区のラサですが、中国国内のチベット文化は1965-76年の文化大革命で徹底的に破壊されてしまい、文化大革命の影響を受けなかったインドのラダックの方がむしろチベットの文化が残っているそうです。

そして、チベットのリーダーであるダライ・ラマ14世はインドへ亡命し、ダラムサラに拠点を構えています。このようにインドとチベットには深い関わりがあるので、サールナートの中でもチベット寺院は特別な存在感を放っていました。

インド人と言えば顔の黒いちょっと中道寄りの顔を想像しますが、インドはとても広く、北部のラダックへ行けばチベット系の人達がいて、東部のマニプールへ行けば日本人と同じ顔の人達がいます。

今は一月で、ヒマラヤ山脈の方は雪に閉ざされ非常に寒いので、多くのチベット僧侶がサールナートに住んでいました。3月頃、暖かくなると、ヒマラヤ山脈へ戻っていきます。

チベット寺の中へ入ると、敬虔な仏教徒が五体投地という、起立の体勢から横になって額を床につけるという動作を繰り返していました。中にはダライ・ラマの写真が飾られています。この写真は中国に持ち込んだら即逮捕されてしまいます。

14世紀頃にインドがイスラムの支配を受けて、インドから仏教が消滅するとき、仏教徒達は8000メートル級のヒマラヤ山脈を越えてチベットへ逃げたそうです。

サールナート チベット寺 僧院

中国やタイの仏教に比べてインドで一番最後まで残っていた仏教がチベットで保存されていたわけですが、今度は逆に中国で迫害を受けることになったのでインドへ逃げてきたわけです。チベット寺へ来るだけでも、インドとチベットの深い関係を感じることができます。

中国寺

サールナート 中国寺

中国はチベットを中国の不可分の領土としていますが、サールナートではチベット寺と別に中国寺があります。中国寺は戦前からあるそうですが、1962に発生した中印国境紛争により中国人の僧侶は全員帰ってしまい、今はタイ人とインド人の僧侶によって維持管理されているそうです。

話が逸れますが、インドには中国人が本当に少ないです。さすがにバラナシまで行くと中国人観光客もいますが、私の住んでいるチェンナイには殆ど中国人がいません。

サールナート 中国寺 内部

いま世界中どこへ行っても中国人がいるこのご時世に、これだけ中国人が少ないというのは本当にインドと中国は仲が悪いんだなと実感します。中国はパキスタン、スリランカ、ミャンマーなどのインドの周辺国を味方につけてインドを孤立させようとしており、インドはそれに反発して日本との連携を重視しているようです。

中華料理が好きな私にとっては、チェンナイで本格的な中華が食べられないのはかなり大変です。隣のスリランカへ行くと逆に中国人だらけらしいので、今度スリランカへ中華料理を食べに行こうと思っています。

サールナート 中国寺 外観

中国寺へ入ると、「The 中国」という雰囲気でした。チベット、日本と見てきて、同じ仏教でも国によってこんなに雰囲気が違うものかと驚きます。

ダーメーク ストゥーパ

サールナート ダーメークストゥーパ

釈迦が初めて説法をした(初転法輪)場所とされています。ここには、紀元後500年頃に釈迦のお墓であるストゥーパが建てられました。近づくことはできますが、お墓なので中には入れません。

近くには、250ルピーで入場できる鹿の苑や、初転法輪を模した像などがあります。敷地内には、スリランカ人の僧侶が建てたムーラガンダクティ寺院がありま。内部の壁画は日本人の野生司香雪氏が描いたものです。

仏教発祥の地なので非常に感慨深いものがあるはずなのですが、インドから仏教が衰退してしまったこともあり、バラナシと比べると、あるいはタイのように仏教が現役で信仰されている国と比べると全体的に少し寂しい気がしました。