異文化体験

「インドへ行くと人生観が変わる」と言われます。

私はインドに住んで1年ほどになりますが、インドで人生観が変わることは実感しました。

実際に変わるかどうかは人によると思いますが、この記事では私がインドで「人生が変わった」と感じた理由を3つご紹介します。

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理由1:日本の常識が全てではないことを痛感する

良くも悪くも、日本の当たり前はインドでは通用しません。

日本の職場では1分遅刻しただけで大騒ぎです。

それ以外にも、日本では「顧客への支払が遅延した」とか「宅配便が時間通りに来ない」とかいったことが問題になります。

インドでは1時間程度の遅刻は遅刻のうちには入りません。

エアコンの修理業者が午前10時に来るといっても、その日のうちに来ればマシな方です。

企業間の支払いだって、1〜2ヶ月の支払遅延は普通です。

停電、断水も日常茶飯事、夕方になって突然翌日が祝日になったり、納税期限が期日3日前になって1ヶ月延長されたりもします。

旅行をしただけでも、ドライバーが道を間違えるが言葉が通じない、レストランで注文した料理と出てきたものが違う・・・など、トラブルは頻発します。

日本人から見たらどう見ても大問題が発生しているにも関わらず、インド人は

OK sir, No problem
と言います。これを聞くとイライラすることもありますが、「自分の抱えている問題は本当に『問題』なのか?」と考えさせられることもあります。

会社に5分遅刻して何が問題なのか?それを「問題だ」と思っている方が問題なのではないか?などと感じることもあります。

「死ぬこと以外かすり傷」という言葉もありますが、インド人からすると死ぬことですら大した問題ではないのではないかとすら思えます。

なにせ、インド人は永遠に輪廻転生を繰り返すと考えているので、「今回の人生は適当にやり過ごして来世から本気出す」と考えているようにしか思えない人たちを大勢見かけるからです。

インド旅行から日本へ帰って来ると、「自分は何をくだらないことで悩んでいたのか?」と感じることがあるのではないでしょうか?

一方、そうは言っても日本へ来ると日本の整ったサービスに感激します。

インドへ来ると、今まで当たり前だと思ってきたことに感謝できるようになるかも知れません。

マクドナルドでハンバーガーを受け取って感謝(インドでは普通に15分待たされる)

電車の扉に寄りかかって感謝(インドの電車は扉を開けっ放しのまま走ります。死んでも自己責任)

市役所で住民票を登録して感謝(インドでは外国人登録だけで1日8時間くらい平気で待たされます)

インドで直面する諸問題の詳細についてはインド駐在・インド就職を始めてインドの生活で苦労すること8選という記事をご参照ください。

旅行では生活するときほどの苦労はないかも知れませんが、それなりに色々あります。

つまり、インドへ来ると今まで「問題だ」と思っていたことが本当に問題なのかを考えさせられ、今まで当たり前だと思っていたことに心から感謝できるようになります。

理由2:他人の問題を抱え込むことの限界を思い知らされる

私はもともと人の問題を抱え込むところがありました。

周りで悩んでいる人がいると、自分も一緒に悩んで落ち込む・・・といったことです。

しかし、インドでは人の問題を抱え込むことの無謀さを実感します。

日本にいると、世界の貧困問題などはテレビを通じてしか実感することはありません。

しかしインドでは、国際貧困ライン(1日1.9ドル)以下で生活している人が大勢います。

その一方で、新卒で1000万円以上ももらうエンジニア達もいます。

インドの貧困層は常に死と隣り合わせなので、日本とは比較にならないほどの圧倒的に格差を目の当たりにします。

会社から近くのレストランへ歩くだけでも物乞いにお金をせがまれたり、生きているのか死んでいるのか分からないような人が道で横たわっているのを大勢見かけます。

そのような人達とは全く生活圏が異なるので仕事などで接することはありませんが、道を歩いていると接触します。

最初のうちは、とても貧しそうな物乞いの人を無視するのが非常に心苦しく思います。

しかし、何十人、何百人と接触するにつれ、全ての人に対し罪悪感を抱えていたら自分が持たないと感じるようになります。

インドでは、多くのNGOが貧困問題などに取り組んでいます。

私は(これはインドではなく近隣諸国ですが)ゴキブリやネズミが這うような貧困施設で活動しているNGOを訪問したことがあります。

お腹を壊して苦しく、毎日カレーのようなものばかり食べて苦しい中、ネズミやゴキブリの多くいるような環境へ行くと、私はとても「人のために何かをする」と思えるような状況ではありませんでした。

しかし、そういった環境でも活き活きとやりがいを持って(自分を犠牲にすることなく楽しそうに)活動しているNGO職員を目の当たりにしました。

そういう状況を経験し、「本当に生きがいを持って世界の環境問題や貧困問題に取り組んでいる人は大勢いる。得意な人に任せ、(寄付など)自分は自分でできることをすれば良い」と感じるようになりました。

「世界には貧しい環境で困っている人が大勢いるのに、自分は豊かな生活を送っていて申し訳ない」と根拠なく罪悪感を持ってしまう方は、一度インドへ来て、そんなことを言っていられないような限界まで自分を追い込んでみる経験をされることをオススメします。

自分の問題と人の問題を切り分ける、というのは残酷なように思いますが、以前の私のように人の問題を抱え込むことで自分の問題を解決できなくなってしまう、という人が大勢います。

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理由3:常に限界までチャレンジを強制される

日本にいると、安全で快適だけど退屈・・・と感じることはないでしょうか。

もちろん、日本にいても刺激的な生活を送ることは可能ですが、毎日家と会社を往復するだけの生活でもそれなりに快適に暮らせてしまうため、かなり意識を高く持たなければ新しいチャレンジをすることはありません。

インドでは刺激的なチャレンジが強制されます。

自分の乗る電車がキャンセルになり、親切そうに話しかけてくる周りのインド人は詐欺師っぽい胡散臭い人ばかりで、どうすれば安全に列車に乗れるか分からない・・・

などという経験の連続です。

日本だと、快適な環境で失うことが多い分、新しいことにチャレンジするのに勇気が必要です。

外国人に話しかけてみるのですら勇気が必要ではないでしょうか。

しかし、インドの街中でお腹を壊してトイレに駆け込まなければならない時は

「間違った英語だったら恥ずかしい」

などと贅沢な悩みを言っていられる状況ではありません。

誰でも構わないので、また英語が間違っていても構わないので、いやむしろ日本語でもいいのでジェスチャーを交えて状況を伝え、とにかく目的を達成しなければなりません。

このような経験を通じて度胸がつきますし、人の視線は気にならなくなります。

私がインドで経験した最大のトラブルは警察で証明書の発行を依頼したときでしたが、その時のエピソードについては インド生活で最もヤバかった体験 ~インド警察との闘い~をご参照ください。

 

人生観を変えたかったらとりあえずインド

この記事では私の例を紹介しましたが、インドでどのように人生観が変化するのかは人によって異なると思います。

また、人によっては全く何も影響を受けず興味を持てなかったという人もいます。

インドは好き嫌いが二極化する国で、「インドへ行ったがあまり印象に残らなかった」という人は聞いたことがありません。

日本での生活に何か疑問や行き詰まりを感じている人は、正にインドに呼ばれているタイミングかも知れません。

インドは台湾のように気軽に遊びに来る場所ではなく、何かを掴み取りたい人が、覚悟を決めてくる場所です。

ハードルは高いですが、その分だけ得られる刺激も他の国と比べれば段違いで大きいと言えます。

インドが気になった方はぜひご訪問ください。

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